東京高等裁判所 昭和27年(ネ)711号 判決
一、原判決中「原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。」とある部分を除き、その余をつぎのとおり変更する。
二、控訴人は被控訴人全員のために控訴人発行の東京新聞紙社会面に一回他の記事本文と同号活字を以つて左記記事取消広告をなすべし。
記事取消広告
昭和二十六年二月三日附本紙第三面紙上に「深夜、警官三百が包囲"載した記事中「東京都北多摩郡昭和町築地三十三番地八清住宅内東京華僑連合会三市三多摩悦来自治会」を「大掛りな麻薬団の本拠」として取り扱つた部分、ならびに右八清住宅をさして台湾人六十三世帯百六十七名が住み、「繊維、麻薬などのブローカーを常習としており、附近の人々は厳重な監視網によつて立ち入りや交際を断たれていた」との部分は、事実に反した報道でありますから、右部分はいずれもこれを取消します。
年 月 日
社団法人 東京新聞社
三市三多摩華僑悦来自治会代表者会長徐阿陳殿
東京都昭島市築地三十二番地八清住宅内
陳庭新、石両徳、黄木吉、洪祖欽、林尚文、陳文子、陳世馨、張樹旺、邸仕能、陳純義、温兆満、黄三川、高海澄、張連興、江維善、李水珍、陳清錦、羅子剛、張秀湖、陳道、曹逢銘、蕭図、康嘉福、呉徳修、陳准章、楊根栄、林景祥、邱阿吾、魏栄貴、陳高全、康阿義、董炎煌、郭俊海、許兆相、鄭三伝、黄成台、胡仙汗、趙素賢、陳栄寿、陳維馨、蔡忠来、黄瑞発、陳伝文、徐阿陳、洪紹欽、陳信二、陳銘河、陳文典、杜茂林、陳氏笑、羅尚世 各位
三、被控訴人らのその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
二、事 実
控訴人訴訟代理人は「原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、いずれも原判決事実摘示(原判決添附の「原告等提出の昭和二十六年五月七日附準備書面の写」記載の事実を含む)と同一であるから、ここにこれを引用すると述べた。
<立証省略>
三、理 由
まず被控訴人三市三多摩華僑悦来自治会(以下単に自治会という)が当事者能力があるかどうかの点について按ずるに、原審における被控訴人石両徳、同陳庭新の各本人の供述及び右供述によつてその成立の認められる甲第二号証(自治会会則)を綜合すれば、被控訴人自治会はその肩書地東京都北多摩郡昭和町(現在昭島市)築地三十二番地所在の悦来荘(狭義における八清住宅)に居住する中華民国人が、その共同の福祉を図ることを目的として組織した一種の地域団体であつて、会則を有し、会員の納める維持費によつて経費を賄い、かつその代表者の定のあることが明らかであるから、法人格を有しない社団として当事者能力を有するものと解するを相当とする。
よつて進んで本案について審按するに、前掲甲第二号証及び被控訴人陳庭新本人の供述によれば、被控訴人自治会を除くその他の被控訴人らがいずれも前記悦来荘に居住する世帯の世帯主であつて、被控訴人自治会の会員であることが認められ、控訴人が日刊新聞「東京新聞」を発行する社団法人であつて、昭和二十六年二月三日附同新聞の各版第三面紙上に「深夜、警官三百が包囲"女子三名を含む台湾人七名を麻薬取締令違反容疑で検挙するとともに麻薬を押収、さらに無職黄成台(二九)ら二名を外人登録令、ドル不法所持容疑で検挙した。調べによると畑の中にあるこの建物は"
そして被控訴人らは右記事はつぎの諸点において全く事実に反し、被控訴人らの名誉を毀損するものであると主張する、すなわち、(一)右記事は「かねてから大掛りな麻薬団」という冒頭の部分を受けて、つぎに「その本拠」と続くのであり、これは明らかに被控訴人自治会が麻薬団の本拠であることを意味するのであるが、その記事は全く事実に反し世間一般に被控訴人自治会があたかも麻薬ブローカーの集団であるかのような印象を与えるものであつて、在日華僑の民主的団体たるの名誉を著しく毀損するものである。(二)同記事中「調べによると」以下の部分は、悦来荘が多摩の上海と呼ばれ、被控訴人自治会を除く被控訴人らを含む華僑五十三世帯百六十七名が周囲の日本人との交際を断つて、日本人が八清住宅に出入するのを監視し、ひそかに麻薬等の売買を常習とする無頼の徒であるということを意味するものであるが、右被控訴人らはいずれも八清住宅内に居住し、正業によつて平穏にその生活をしている華僑であり、日本に住む外国人として、近隣の日本人との交際については特に意を用い親しく交際しているものであつて、その記事は全然事実に反し、著しく同被控訴人らの名誉を毀損するものであると主張するが、被控訴人らが右記事中事実に反するものとする点は、これを要約すると(一)被控訴人自治会を大掛りな麻薬団の本拠であるとすること、(二)右自治会を除く被控訴人らを含む悦来荘(狭義の八清住宅)居住の華僑五十三世帯百六十七名が周囲の日本人との交渉を断つて日本人がこれに出入するのを監視しひそかに麻薬等のブローカーを常習としているとすることの二点に帰著するから、その真否について判断する。(被控訴人自治会の所在する悦来荘を「多摩の上海」と呼んでいることについては、原審において事実に反しないものと認定してこの点に関する被控訴人らの請求を棄却したが、被控訴人らからこれに対して控訴がなかつたので、当審における判断の対象とはなりえない。)
(一) 原審証人渡辺忠司、同町田長重、原審及び当審証人松田清の各証言を綜合すれば前記悦来荘には昭和二十六年二月一日当時麻薬を所持し、密売していた者、もしくは麻薬中毒に罹つていた者らが若干いたことは推認せられるけれども、被控訴人自治会を大掛りな麻薬団の本拠と確認するに足りる証拠がないから、右記事中被控訴人自治会を大掛りな麻薬団の本拠とする点は事実に反するものといわざるをえない。もつとも本件記事の後段部分に「調べによると畑の中にあるこの建物はうんぬん」とあるに留意して前段の記事を精読すれば、大掛りな麻薬団の本拠は被控訴人自治会そのものではなく、同会の所在する悦来荘の建物内にあるとの意に解せられないこともないが、新聞の報道記事は一般に精読されるというよりはむしろ表面の文字どおりに読過されるものであることは、経験則に照して疑のないところであるから、たとえ右記事がそのような意味に解しえたとしても、名誉毀損の根拠たる事実の有無の判断については、なお事実に反するものというを妨げない。
(二) 当審における検証の結果によれば、悦来荘の建物は周囲に高さ約五尺の生垣をめぐらした比較的広い敷地内に建てられていて、その敷地の北方は公道を距てて民家に対しているが、他方はいずれも畑に接し(西方にはその間に狭い通路がある)、右建物の玄関は敷地の東北隅、公道に面して建てられた門柱の間を西南方に斜に奥深く入つたところにあり、玄関のかたわらに被控訴人自治会の事務所があるという位置環境にあるがために、右建物は一般人から隔離されているように見え、玄関を出入する者が事務室内の人々によつて監視されるような感をいだくこともありえようし、また前掲証人渡辺忠司、同町田長重の各証言によれば悦来荘が台湾人のアパートであり、その雰囲気がやや異国調であるために、一般日本人のここに出入する者の多くなかつたことが認められるが、しかし右記事にあるように附近の人々が厳重な監視網によつて立ち入りや交際を断たれていたとの点については、これを認むべき確証がない。さらにまた前述のように悦来荘には多少麻薬に関係した者のいたことは否定できないが、被控訴人自治会を除く被控訴人らを含む台湾人六十三世帯百六十七名(上記の数字が本件検挙当時の悦来荘の全世帯住人の数を表わしていることは右記事の文面上明らかである)が、麻薬等のブローカーを常習としていることについてはこれを認めるに足りる証拠がない。もつとも当審証人福島経吉、同永淵一郎の各証言によれば、面識のない日本人が悦来荘に立ち入つた際、同アパートの居住者から誰何され、詰問された事例のあつたことが認められるけれども、悦来荘も人の看守する邸宅であるから、断りなく立ち入る者に対し、誰何し、さらに不審があれば詰問することもあり得ることであつて、かような事実があつたからとて前段認定をするに差支えなく、また悦来荘居住者全員がことごとく麻薬等のブローカーを常習としているということは確証なくしては軽々に断定し得るものでないと考えるべきであつて、前記急襲の際の検挙者の数や右記事の末尾に「一味の動静を内ていうんぬん」とあるに照せば、或は右記事は悦来荘には前記数の世帯人員が居住しており、そのうちに麻薬などのブローカーを常習としている者もあるという程度に記すべきであつたものを、表現方法が拙なかつたか、または誤つたがために右の記事となつたものとも推測されるけれども、このことは前記認定をする妨げとなるものではない。したがつて前記記事はいずれも真実に反するものといわなければならない。
本来新聞紙に掲載発行した記事で他人の名誉を毀損するものは、たとえそれが公共の利害に関する事実に関連し、もつぱら公益を図る目的に出でたものであつても、その記事が真実であることを証明しないかぎり、新聞社はこれについての不法行為による損害賠償の責を免かれないものといわなければならない。もつともその記事が真実に反するものであつても、情報提供者の誤報にもとずくものである場合においては、その情報の真実性に関する判断を故意または過失によつて怠つたものでないことを証明したときは、真実を証明したときに準じてその責を免かれ得るものと解するのを相当とする。
思うに日刊新聞のもつとも重要な任務は、一般世人に日々の出来事を迅速かつ正確に報道することであるが、その迅速性と正確性とは時に両立するを難しとしないものでもない。迅速性を主とするときは正確性が軽んぜられ、正確性に重点をおくときは迅速性が軽視せられることも、起るであろう。しかも現在において大新聞の経営は、もつぱら私企業に委ねられているのであるから、その業積を挙げようとするがためには、他の新聞社と経営上競争することとなり、報道価値の優れた記事を他社に先んじて迅速ならんことを主としつつ、かつ正確に、しかも読者にとつては興味的に掲載して、その新聞の声価を高め、多数の購読者を獲得することに努めるのも、自然勢の赴くところである。したがつて新聞記事が、報道の迅速の要請にしたがい、些末の点において客観的事実に符合せず、また興味ずけるために事実に多少の潤色誇張の跡の見られることがあつても、その性質上またやむをえないところではあるが、一面において大新聞はまた、多数の購読者を擁し、世論を喚起し指導する強力な機関であるから、公益の目的を図るためとはいえ、もし他人の私行について誤つた報道をすることがあれば、その誤報は真正の事実として広く世間に流布され、これによつてその私人の名誉を毀損することも少なくないものといわなければならない。よつて他人の私行に関する記事の掲載については、新聞経営者は特にその記事の正確性、真実性に格別の注意を用い、その表現においてもみだりに他人の名誉を傷つけないよう配慮する義務を有するものというべく、もし故意過失によつてこの義務を怠り他人の名誉を毀損するにおいては、不法行為上の責任を免れることができない。
控訴人は本件記事は確かな筋から取材したものであり、すべて真実の事実と信じて掲載した旨主張し、前掲証人町田長重、同松田清、原審証人石川良彦、同中川辰男の各証言を綜合すると、右記事は極東空軍特別調査部(S、O、I)の指令にもとずき、厚生省麻薬取締官東京都事務所が、国家地方警察東京都本部その他の応援をえて、捜査のため昭和二十六年二月一日の深夜悦来荘を急襲し、麻薬取締令違反容疑者その他を検挙した事件について、控訴人新聞社の記者らが、右麻薬取締官、国家地方警察東京都本部、同立川、八王子各地区警察署等において取材したものを、控訴人新聞社の整理部で整理し、さらに編輯掲載したものであることが認められるけれども、成立に争のない乙第一ないし五号証の各一中の産業経済新聞夕刊、毎日新聞、東京タイムズ、朝日新聞、夕刊読売新聞の各本事件の記事と対照すれば、控訴人新聞社の記者らの取材、その取材の整理等にあたり、その情報の真実性に関する判断について、前述説示したような注意に欠くるところがあつたものと解しなければならない。
そして本件記事の内容の要点は、その前段において被控訴人自治会を「大掛りな麻薬団の本拠」であるとし、その後段において被控訴人ら(被控訴人自治会を除く)を含む悦来荘の居住者を「麻薬等のブローカーを常習としておる」としている趣旨に解せられ、これを一読する者をして、被控訴人らを、犯罪を構成する麻薬取引等の大集団の拠点もしくは麻薬取引等の常習斡旋者であると推断せしめるものであるから、控訴人は前説示に照し、少なくとも過失によつて、この記事により被控訴人らの名誉を毀損したものというべきであつて、被控訴人らに対し右不法行為による損害を賠償する義務あるものといわなければならない。
よつてまず被控訴人らの記事取消ならびに謝罪広告の請求について按ずるに、前述の諸般の事情を考慮し、本件新聞記事によつて毀損された名誉を回復するに適当な方法として、控訴人に対し被控訴人らのために、その記事を掲載した控訴人発行の東京新聞紙上に、主文第二項とおりの記事取消の広告を掲載することを命ずるをもつて十分であると認め、被控訴人らのその余の記事取消ならびに謝罪広告の請求の部分は失当であるとしてこれを棄却すべきものとする。
つぎに被控訴人自治会を除く被控訴人らの慰藉料の請求について按ずるに、同被控訴人らが前示認定の本件不真実なる記事によつて精神上多少の苦痛を受けたであろうことは、これを看取するに難くはないが、右記事は前述の諸般の事情その他同被控訴人らを各個に誹謗したものではなく、結果において集団的に名誉が毀損せられたに過ぎないものであると認められることを考慮するときは、本件名誉毀損による損害賠償としては、前記認定の記事取消文が掲載せられることにより、別段各人に金銭的賠償をしなくても、過去並びに現在の精神上の苦痛も同時に慰藉せられるものと解するから、同被控訴人らの各自の慰藉料の請求は失当としてこれを棄却すべきものとする。
よつて原判決はその一部を前示のように変更すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)